「視点を変える」ということ

日本人のMBAアプリカントの方々と話していて気づいたことは、「今まで海外経験がないから」あるいは「業務で英語を使ったことがないから」などといったことに、引け目を感じている人が多くいるということ。

でも、そういう人たちの多くは、日本国内の大企業で過ごすことが、唯一の選択肢であるかのように錯覚している気がしている。自分でリスクをとって行動しようとする人が少ない気がしている。

 

私は大学を卒業してから東京で2年働いた後、香港で転職をした。もともと海外勤務を志望し、日系企業のグローバル部門で働いていたものの、会社が海外事業撤退を決断してしまった。

MBA採用で入社している人たちも、部門ごと仕事がなくなってしまい、普通に国内営業の部門に配属されている状況だった。そんな環境に残るのが嫌で、自分の意思で決断して海外で働く経験がしたくて、転職を決めた。

 

海外で培った仕事のスキルは大きな財産となった。特に独立してから、海外のクライアントと自分で取引をし、案件をマネジメントするような業務は、経験がなくては到底できないことだった。けれども、仕事のスキルよりも何より大切なことは、「視点を変える」きっかけを与えてくれる人間関係だった。

今も仲の良い香港時代の友人・先輩は本当に優秀な人が多い。女性で海外駐在経験が長い人たちが多く、多くの人が羨むようなトップスクールMBAを出ていたり、自分で事業を興していたり、大企業でびっくりするような凄い役職に就いていたりする人たちで、それでもそのような肩書のことなんか、誰も鼻にかけて自慢する人なんて誰一人としていない。

同じ大学の先輩でも、日本にいたら気軽に会うことなんて到底できない凄い人たちに囲まれ、後輩として可愛がっていただいた。

 

私は学部時代の4年間を、今思えば勿体ない過ごし方をしてしまった。私は決して裕福な家庭出身ではなく、苦学生だった。同じクラスの女の子たちが、みんなで行くような修学旅行なども、いつも自分一人「お金がないから」という理由で断っていた。

親から当然のように留学資金や学費などを与えられる人たちがとても羨ましく、一方で心底疎ましかったため、学校に馴染めず、いつも地元の公立高校の友人たちと過ごしていた。

 

そんな過去を洗いざらい捨てて、「視点を変える」努力をしていこうと決めたのは、香港時代に親しくなった友人・先輩の影響が大きかった。経済的に成功している人たち、プライベートでも素晴らしい人間関係を築いている人たちは、良い意味でキャリアリスクをとるのも上手いし、人間関係においても、実は人一倍努力をしている。彼女たちと同じ視点を持つようにして、真似していこうと思った。

要は、周囲から見て「あの人はもともと実家が凄く裕福だから」「元々育ちが良いから」と言われる人たちも、実は陰で努力をしている。その陰の部分に、もっと目を向けるべきだということ。

 

アダムグラントは著書Originals の中で言っている。第一子で育ちの良い人たちは、幼少期から良い教育を受けているという点で、大企業に就職して最初の数年まではアドバンテージがある。一方で、雑草育ちの人は、大学卒業から数年までは前者の人たちより給与面などで劣る傾向にあるが、リスクを厭わずに転職したり挑戦できる人が多い傾向にあり、30歳頃までには前者の人たちを挽回できるという。

Originalsを読んで、自分は明らかに後者の立場だと思った。雑草育ちであるものの、それならそれなりに、自分にできる努力をしていくのがベストだと思った。

 

たとえば、自分で決断さえして行動すれば、海外勤務のチャンスなどは、誰でもすぐに得られる。「羨ましい」と素直に思う人たちと同じ世界に身を置き、同じ視点を持とうとする努力が、自分の意思でキャリアを切り拓くために、大切だと最近は感じている。