スタート地点

この週末は、私にとって特別な週末だった。

 

米国でMBA取得すると決めた頃から、目標にしていたことの一つに、「アメリカ人の現地コミュニティに溶け込み、スタートアップコミュニティでピッチしたり、人前でプレゼンして仕事を獲得していくこと」というものがあった。

少し抽象的な表現になってはしまうけれど、アメリカ人と対等に議論したり、人前でプレゼンやスピーチをしたり、現地コミュニティに溶け込んで、(日本人と一切関係ない形で)仕事を獲得することを、ずっと目標にしていた。

 

その目標が、一つ叶った。

まだ小さな目標に過ぎないものの、今は周りがアメリカ人だけのコミュニティに一人で入り込み(アジア系アメリカ人とかも周りに一人もいない)、対等に議論して、その場に溶け込めていることを思うと、ここまで到達するのに1年間を要していることに気が付く。

それは、英語力の高低だけでなく、アメリカ人を相手としたコミュニケーション力、米国文化・社会への理解、度胸、勇気など色々な要素があって初めて実現できることだった。

MBAで米国経験が初めてだった私にとっては、今やっとスタート地点に立つことができた、という感覚だった。

 

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最近になって気づくことは、白人のアメリカ人って意外と暖かいということ。アメリカ社会において、「白人は白人同士でつるむ人が多い」のも事実である一方、「この子は本気で英語を勉強していて、やる気のある子だ」と認識して貰えると、意外なほど暖かい人が多い。。

私の所属するコミュニティでは、多くの人が暖かいアドバイスをくれて手を差し伸べてくれるので、本当に暖かい人たちだと思った。。

けれど、このレベルまで到達することが、実はとても難しく、長い道のりだったと思う。

MBAというコミュニティにおいては、「同じ学校で学ぶ仲間」という連帯感があるから、MBAのグループワーク等においては少し頑張れば誰でも出来ることであり、けれども卒業してMBAを離れて社会に出てみると、それがいかに難しいことであるかに気付かされる。

 

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時々、米国MBAに留学しておきながら、「米国MBAでは、アメリカ人にグループワークに入れて貰えなかったり、白人は白人同士でつるむ人も多く、米国MBAは結局アメリカ人のために作られたプログラムである」といったニュアンスで物事を語る人がいる。

率直に言うと、それは、明らかにその人たちの努力が足りない。英語力やコミュニケーション力が至らないから、現地コミュニティに入れない(=努力していると周りから認めて貰えるだけの英語力や異文化適応力がない)のが主な原因だ。

そしてそのまま、留学生活を終えてしまう人も日本人MBA(特に社費生)では多いのではないかとも思う。

 

少し話は逸れてしまうが、そうした人たちが、米国MBAの価値や評判を下げているのではないかとも私は思うし、残念な部分ではあると感じている。

米国トップスクールMBAを名乗るなら、もっと頑張って努力して欲しいと、陰ながら思う。(大変失礼な話ではあるけれど。)

 

MBAに来なくても、キャリア的には私には別の選択肢がいくらでもあった。けれども、米国でのMBAなくしては、今のスタート地点には立つことができなかった。

そんな気がしている。